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こんなブログです


mowcoma2


Author : mowcoma2

超がつく臆病&神経質で
食欲旺盛で甘えただった
健康優良猫・ジュリー

穏やかに始まった家猫生活は
突然のてんかん様の発作で
一変してしまいました

その後の毎日の様子や
病気・症状のこと
また おだやかな毎日に
戻るまでを綴ろうと
始めたブログですが
そのまま虹の橋を
渡ってしまうことになりました


ジュリー略歴


ジュリープロ

家猫名: ジ ュ リ ー

時には「社長」と呼ばれることも。

お外猫(地域猫)として約5~7年
約3年のお家猫訓練期間を経て
H28.4.14 うちの子になりました。
H28.12.25 クリスマスの日に
あわてて虹の橋に向かいました。
そばにいた期間はたった八ヶ月でした。

mowcoma2より

ジュリーを見守って下さったみなさま
本当にありがとうございました

バタバタと慌てて
遠くに行ってしまいましたが
ジュリーが頑張った様子は
きちんと遺しておきたいと思い
こちらに場所を作りました

ジュリーのように
突然変わってしまう猫さんは
実は 少なくないようです

同じような状況に悩まれる
ねこさんと暮らすみなさまが
穏やかな生活に戻るヒントを
一つでも見つけていただく
ことができれば幸いです

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穏やかなジュリー

2017.10.17 17:18|ご挨拶
先日、初盆を迎えた更新から
また随分経ってしまいました。

戦友、ジュリーとの日々は今でも
mowcomaの胸に鮮明に残っています。

悲しいだけ、辛いだけの思い出ではなかった。
それは確かです。

色々な意味で非力なmowcomaが
出来る限りのことをしたということ。
いろんなお話ができるお友達や相談相手に
支えられて、最近になってやっと
納得できるような気がしてきました。

もちろん、ジュリーにとって最善を尽くせた、という
自己満足の意味ではありません。
最初から、間違った選択も
たくさんあったと思います。

同じ「生き物」のmowcoma(人間)が
ジュリー(猫)にできることはここまでだった、と
納得できた、ということです。
また、その納得をしないと
誰にも、正しく気持ちが伝わらないのだということも
深く感じています。

猫、生きもの全てに対する思いを
改めて考え直すことを
させてくれた存在。

考え方、思いに違いはあると思いますが
mowcomaの腕で旅立った彼を
mowcomaの気持ちのままに
大切にしていきたいと思います。

IMG_0088.jpg

既出ではありますが…
これはまだ、ジュリーがジュリーのままで
穏やかな時間を過ごせた頃の写真。
不安も、怯えも、縋りもなく
一番良いお顔だと思っています。

亡くなった時のジュリーは
全ての柵や重圧、苦しみから開放され
確かに穏やかでした。

IMG_2054.jpg

冷たくなった肉球を触りながら
確かにそれを感じました。

そういう意味で、ジュリーだった魂は
今は、どこかで
穏やかな、幸せな時間を
過ごしていると信じています。

綴って行きたい思いは、まだまだありますが
今までの記事を、一応全てこちらで公開できたことと
これ以上は、多分に個人的な思いになってしまうと思いますので
この記事で「ジュリーとの日々」の不定期更新は
一区切りとさせていただきます。
*限定公開の記事がありますが、頂いたコメントを
  保存しておくためですので中身はありません


ジュリーを思い、応援してくださった方。
残念な最期を迎えさせてしまったこと
幸せな老後を過ごし
猫又にすることができなかったこと
今でも申し訳なく思っています。
全てはmowcomaの力不足、思い上がりから
発したことでした。

これから、猫たちとの暮らしの中で
いえ、それ以外の暮らしの中でも
自分にできることの限界を知り
その中で、しっかり誠実に歩んで行きたいと思います。

本当に、申し訳ありませんでした。
そして、本当にありがとうございました。



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初盆を迎えて

2017.08.24 17:53|旅立ってから
IMG_9833.jpg

ジュリーが旅立って、初めてのお盆を迎えました。

納骨したお寺からもはがきが届き
改めて、色々なことを振り返りました。

今もやはり、気持ちがざわざわとするのは否めませんが
手を合わせ、静かにジュリーとの日々を思いました。

優しい、温かい、時には厳しいお言葉をいただき
深く悩んだことも数知れずありましたが
全てが、ジュリーという存在を、大切に思ってのお言葉…
よく噛み締めて大切にしたいと思います。

ジュリーと共に過ごした日々は
私にとっても、家族にとっても、もちろんジュリーにとっても
とても…大変な日々でありました。

IMG_20160821_203625.jpg

どの写真を見ても、その時の状態が思い出されます。
この写真も、ただ穏やかに座っている状態ではありません。

猫と暮らす、猫を飼う…。
あたたかい言葉のように思っていましたが
その言葉の、本当の意味を
叩きつけられたようでもありました。
私にとって、ジュリーという猫は
白黒たちとは、また違う形で
大きな大きな存在となりました。

ぼんやりしていたと思って、次振り向くと
全身硬直させて引きつっていたり…
どうすれば、この子が穏やかに
安心して暮らすことができるのか。
刻々と変わる状態や状況。
私自身も体中が痛み
何かに取り憑かれたような状態でした。

IMG_20161205_001004.jpg

ジュリーは結局、どういう猫生を過ごして
どういう思いで旅立っていったのか。

約10歳として、その10分の1も一緒にいなかった私は
ほぼ、苦しんでいた状態しか知りません。

もちろん、ビクビクしているうちの一瞬ですが
安心している瞬間もありました。

IMG_9579.jpg

でも、ジュリーが安心して生きていくために
その時、大きな大きな不都合があったのに
そこだけに焦点を当てて
胸をなでおろしているわけにはいきませんでした。

IMG_9919.jpg

生身のジュリーと向き合った数ヶ月の間は
カテゴリーでも、実際問題でも
ジュリーの急変から以降のことは
「問題行動」として受け止めていました。

ただ、突然旅立ってから時が経ち
全て飲みこんで、味わった後に初めて
あれは全て、全く、おかしくなんてなっていない
ジュリーの猫としての欲求、本能、そのままだったのだと
理解できたのでした。

IMG_1943.jpg

私はもたもた、そして多分に
事なかれ主義的なところがありますが
猫生がかかったこの問題からは
逃げることはできませんでした。

その過程で自分が受けた印象や
持った強い思いは
否定しないで進もうと決めました。

このブログへ、ジュリーのことを綴っていこうと決めたのも
自分が向き合ったという、自負でもあります。

猫として生き抜いたジュリーを擬人化しない。
自分に都合の良いように理解して終わらせない。
それが、あんな状態でも
猫らしく生きようと頑張り
猫と暮らすことの意味を教えてくれたジュリーへの
せめてものお礼だと思っています。

IMG_9785.jpg

ジュリー、お盆は楽しく過ごしたかな。
頑張ってくれて、本当にありがとう。


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そのままの気持ち

2017.07.12 16:33|旅立ってから
前回は、とても久しぶりの更新で
突然、思いを爆発させたような記事となり
ご心配下さった方に、大変ご迷惑をおかけしました。

ずっとジュリーのそばにいて、おそらくこうだろう…と
治療方法や、環境などを選んできましたが
突然、それらの全てが終わりを迎えたことで
気持ちの持っていきようがなかったように思います。

あの記事のような気持ちでいたのは本当ですが
ずっと、思い、煩っていたわけではありません。
逆に、今ジュリーは苦しんでいない、という事実で
とても冷静になりました。

今回は、前回の内容とかぶる…というより
前回の内容を、より正直に、冷静に、書いてみようと思います。


ジュリーだけが辛かった…と書いたのは
私は人間なので、逆立ちしても
その立場での判断しかできなかったから
人間側が判断してやったことだから…ということでした。

いつか、家で、安心できる場所を探し当ててくれる。
そう信じて、私なりの努力はしていました。

ただ、ジュリーから間違いなく伝わって来たのは
「こわい」という気持ちと、「食べたい」という気持ちだけでした。

私にしがみついている時でも、ただ、こわいだけ。
真っ最中にいる時は、心を許してくれているのかも、と考えたりしましたが
冷静になると、体が密着していることで
そちら側だけは、攻撃をうけない…
張り詰めなくて済んだのだと思います。

実際、少し体が離れるとしがみつきましたが
一定距離以上離れると、猛ダッシュで隠れました。
それが、寂しい、という感情は全くなく
うん、怖いよなぁ、というような…平坦な気持ちでした。

いつの頃からか
「時間はかかっても、うちの子になって、幸せに暮らしてもらう」という考えが
空虚に感じるようになりました。

諦めたり、卑屈になったのではなく
「猫」そのもののジュリーに、私の物差しをあてることは申し訳なく…
もっというと、「猫」のジュリーに失礼ではないのか、と
感じ始めたからです。

亡くなった時、同時に「こわい」という気持ちも消えたのでしょう。
ジュリーは、本当に気持ちよさそうでした。
先生から、酸素量はしっかりあったので
苦しい最期ではなかった、と聞いて
本当に良かったと思いました。

その表情や姿は、ビクッとして逃げ出すこともなく
見たことのない穏やかな様子。
安心して、一日そのままにして
会社に行くこともできました。

最期の数週間…
ジュリーと私は、家族というより
猫対人間、動物対動物…
そんな感じで過ごしていたと思います。

力が入らず、自分で顎を持ち上げて食べられなくなるまでは
どんなに威嚇していても、食事はしっかり摂っていました。
さすがは動物だな、猫だな、頼もしいな、と思って見ていました。
強制給餌になってからも、力強くごくごく飲み干しました。
絶対死なない、と思ったのも、この食欲からでした。

次の猫生が与えられるとして
ジュリーの希望は、きっと、猫として、動物として、自然に生きられる場所。
少なくとも、私の家とは違う場所にあると思いました。

人間の私が決めることは、おかしいと思った。
そういう意味で、家族の欄には入れなかった…というのが
正直なところです。

また、主ブログでは、私のモウソウで
もうたちが色々なことを喋っています。
それを、ジュリーにさせるのも、しっくりこなかった。

たかがブログで、考え過ぎだったかもしれませんが
軽く判断することを許さないほど
ジュリーとの生活は、猫好きを名乗るものとして
色々考えさせられた、重く深い日々でした。
(辛い、という意味ではありません)

結果として、いずれ閉めようと思っていたこのブログを
間違いなく、猫として精一杯生きぬいた
ジュリーの部屋にしよう、という結論になりました。

名前も「ジュリー」に戻しています。
「じゅりお」「とら」と、何度か変えましたが
全て、私の勝手なこだわりでつけた名でした。

こちらに来てくれるまでのジュリーの姿は
私のところにいた姿と、どう違うのかは
比べようがありませんし、わかりません。

でも、「ジュリー」「社長」と、愛情を込めて呼ばれ
みなさまに心を砕いていただいた日々は
間違いなく最期の日々より、苦しくなかったはず。
なのでやっぱり、これからもその時代の
名前で呼ぼう…と思ったからでした。


心優しい方…ジュリーはきっと感謝している、と
声をかけて下さる方もいらっしゃいます。
その方々に、どれほど慰められたことか
感謝の言葉も見つからない位です。

この、ジュリーのブログで書いているのは
ジュリーと対していて感じた
「私」の気持ちの動き「だけ」です。
いえ、幸せじゃなかったんです…などと
否定するわけでは、断じてありません。
それは、理解していただけることを切に願っています。

ジュリーと私の姿に、あたたかいものを感じていただけたとしたら
それは、私が目指していた状態でもありますし
とても嬉しいことです。
本当にありがとうございます。

私が理解した限りの、猫・ジュリーの話になりますが
次の猫生が、彼自身が選んだ
自由で安心して過ごせるものとなるよう願いつつ
共に過ごした日々のことを、ぽつり、ぽつりでも
ここへ書いて、残したいと思っています。

ほぼ、苦しい時期の写真しかないので
なかなか差し込む写真も選べず…
文字ばかりで、内容も楽しいブログにはならないと思いますが
また、読んでやっていただければ嬉しいです。

いつも見守って下さることに、精一杯の感謝を込めて。


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ジュリーの場所 * 7/3 青字部分訂正しました *

2017.06.30 13:09|大切なこと
ジュリーを気遣い、可愛がって下さったみなさまへ。
久しぶりの更新となります。

今日の記事は、不快にさせてしまう内容かもしれません。
どうぞご承知おきくださいませ。


主の、しろひげブログもご覧下さっている方は
あちらに、ジュリーの姿がないことを
お気づきかと思います。

そのことにつきまして
これまで、複数の方に疑問を投げかけられたり
ご心配いただいたりしましたので
少し、書いてみることにしました。



「記録」として、こちらでずっとジュリーの様子を書いていましたが
最後の四ヶ月、彼はとても辛い状態でした。

「辛い」と言っても、私に対しては
防御に伴う以外の攻撃はありませんでしたので
辛いのは、ジュリー本人だけでした。

細かい状態を書くことは、当時もあまり選びませんでしたが
毎日、体はぐにゃぐにゃとし、目の焦点は合わず
口から泡を出したり、引きつったり。
後ろ足が効かないのに前足だけで走りだしたり
転げ落ちたり、唸ったり叫んだり。
最後まで、食欲は旺盛でしたが
基本、大小排泄は失禁でした。


それでも、あらゆる検査をしても異常は見つからず
安定剤のような薬やサプリを使うことしか
「治療」はできていませんでした。

でも、目の前でジュリーが頑張ってくれている間は
私は、気持ちをしっかり持っていました。
きっとまた、穏やかに暮らせる日がくると本気で思い
その日を目指していました。

あれだけ検査や治療を繰り返して、健康体だったのに
クリスマスイブにはいつ旅立ってもおかしくない数値になっていました。
クリスマスに発作を起こし、蘇生措置の甲斐なく、そのまま旅立ちました。

端子に挟まれた舌には、よくちぎれなかったと思うほど
横幅の半分以上の深い切れ込みが入っていました。
それに初めて気づいたことへの驚きと
今までどれだけの苦労をしてきたのだろうと思いました。

そんなふうな、突然の旅立ちを見送ってからは
気が抜け、自分でも正直、ちょっとおかしいな、と思うような
思い詰めた時期がありました。

彼自身は、人間と関わって暮らすには
大変不器用な猫でしたが
安心できるところで自由でいたい
その環境なら、心を開ける可能性がある子だということは
いっしょに過ごすうちに伝わって来ていました。

私はそんな子を、幸せにできなかったどころか
長い苦しみからも救えず、状態も理解できず
原因不明のまま、旅立たせてしまったと感じていました。

また、私のもとへ戻って来てくれるよ、というお言葉に
しばらくは慰められましたが
あたたかい言葉の中に混じった
自分の至らなかったところを突かれた言葉が
胸を行き来するようになりました。

元々、ジュリーのそばには、心から彼のことを思い
色々考えて下さった人たちがいらっしゃいました。
それなのに、横から、しかも、遠い遠い場所から
家族になりますなどと名乗りをあげたのです。
信用されなくても、偽善と思われてもしょうがないでしょう。

そして、病院へ通いつめたり、おかしくなるくらい
恐ろしい状況へおいてしまった以外
私はいったい、何ができたというのだろう…と。
結局、ジュリーの寿命を縮めただけでは、
殺してしまったのも同然なのでは、と
考えるようになりました。


もうやちょめのように、骨を手元に置く略式ではなく
正しく供養していただきました。
お寺へ通ったり、懺悔をさせてもらったりもしましたが
そのうち、猫好きと名乗ることさえも
おこがましい気がするようになっていきました。

そうして色々と思ううちに
苦しみぬいた彼が、こちらで楽しく暮らしたのは
ほんの一瞬だけだったことに思い至りました。
つぶには激しく攻撃を加えましたので
いっしょにいられたのは、本当に一瞬。
ここで、家族として縛り付けておくのは
違うのでは、と考えるようになりました。

とてもよくない例えで、また、適当かもわからないのですが
犯罪の加害者が、被害者に対して感じるような
気持ちであったのではないか…とも思うことがあります。


そういった気持ちは、mowcoma家族
猫達のことでは、いつも一緒に頑張ってくれる
家族たちへ話し、相談していました。

なかなか、どうするのが一番よいのか
答えは出ませんでしたが
ジュリーのことは、闘病ブログとして開いたこちらへ
残していくことにしました。
記事を移した時、写真を移すのを失敗してしまい
最初の方の幾つかの記事を公開できていません。


勝手に呼び名を変えたことも失礼に感じ
耳慣れていたであろう、ジュリーに戻しました。
ランキングで「問題行動」というカテゴリにも登録していましたが
頑張ってくれたジュリーに、その言葉は申し訳なく感じ
そちらも外しました。

そしてしばらくして、少しだけ、歩み出せたように感じ
ジュリーを苦しめてしまった、浅はかな自分の行動を繰り返さないように
つぶをフォローしつつ、新しく来てくれたまめ、こまへも
接していくよう気をつけていました。

幾度となく、その思いについて書きたいと思いましたが
もうへの思いと、今を生きる若猫たちのことを綴った
ふわふわしたトーンの主ブログに綴るのは
そぐわないように感じました。

何度か文章にはしてみましたが
読み返してみても、ただ至らなかった自分の
言い訳をしているだけのように思いました。

そのことについて言い訳はせず
自分で抱えて、歩んでいくのがよいと思っていました。

以上の経緯を経て、この状態となったのでしたが
言葉にしないと、自分以外へ思いは通じないという
当たり前のことをわかっていませんでした。
言葉にしたとしても、受け取る方に
そのままの思いが伝わるとは限らないということも。

結果として、子猫を迎えました、と、能天気なブログを書いていれば
それだけの人間なのだと思われてもしかたがありません。

あれだけみなさんが心を砕かれ、かわいがられたジュリー。
たとえ、思いの紆余曲折への理解は得られなかったとしても
説明をせず、主ブログより「存在を消した」ことは事実でした。
考え抜いたつもりが、このことは大変な片手落ちでした。


全てが遅きに失してしまいましたが
悲しい辛い思いをさせてしまった方へ
心からお詫び致します。
本当に申し訳ありませんでした。

ジュリーが急変した時に開いたこの部屋は
穏やかな暮らしが戻った時、閉じるつもりでいましたが
痛みが強すぎてまだ書けていなかったこと
私の思いや、気持ちの回復など
そのまま、この場所に残していきたいと思います。
もちろん、ものすごくゆっくりなペースになると思いますが
ジュリーを思って下さった方へ
少しでも伝わるように綴りたいと思います。


改めて、ジュリーが心穏やかに暮らせる場所へ
たどり着いてくれていることを祈りつつ。

最後まで読んで下さってありがとうございます。



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ありがとうございました

2017.05.15 00:00|ご挨拶
 
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