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こんなブログです


mowcoma2


Author : mowcoma2

超がつく臆病&神経質で
食欲旺盛で甘えただった
健康優良猫・ジュリー

穏やかに始まった家猫生活は
突然のてんかん様の発作で
一変してしまいました

その後の毎日の様子や
病気・症状のこと
また おだやかな毎日に
戻るまでを綴ろうと
始めたブログですが
そのまま虹の橋を
渡ってしまうことになりました


ジュリー略歴


ジュリープロ

家猫名: ジ ュ リ ー

時には「社長」と呼ばれることも。

お外猫(地域猫)として約5~7年
約3年のお家猫訓練期間を経て
H28.4.14 うちの子になりました。
H28.12.25 クリスマスの日に
あわてて虹の橋に向かいました。
そばにいた期間はたった八ヶ月でした。

mowcoma2より

ジュリーを見守って下さったみなさま
本当にありがとうございました

バタバタと慌てて
遠くに行ってしまいましたが
ジュリーが頑張った様子は
きちんと遺しておきたいと思い
こちらに場所を作りました

ジュリーのように
突然変わってしまう猫さんは
実は 少なくないようです

同じような状況に悩まれる
ねこさんと暮らすみなさまが
穏やかな生活に戻るヒントを
一つでも見つけていただく
ことができれば幸いです

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そのままの気持ち

2017.07.12 16:33|旅立ってから
前回は、とても久しぶりの更新で
突然、思いを爆発させたような記事となり
ご心配下さった方に、大変ご迷惑をおかけしました。

ずっとジュリーのそばにいて、おそらくこうだろう…と
治療方法や、環境などを選んできましたが
突然、それらの全てが終わりを迎えたことで
気持ちの持っていきようがなかったように思います。

あの記事のような気持ちでいたのは本当ですが
ずっと、思い、煩っていたわけではありません。
逆に、今ジュリーは苦しんでいない、という事実で
とても冷静になりました。

今回は、前回の内容とかぶる…というより
前回の内容を、より正直に、冷静に、書いてみようと思います。


ジュリーだけが辛かった…と書いたのは
私は人間なので、逆立ちしても
その立場での判断しかできなかったから
人間側が判断してやったことだから…ということでした。

いつか、家で、安心できる場所を探し当ててくれる。
そう信じて、私なりの努力はしていました。

ただ、ジュリーから間違いなく伝わって来たのは
「こわい」という気持ちと、「食べたい」という気持ちだけでした。

私にしがみついている時でも、ただ、こわいだけ。
真っ最中にいる時は、心を許してくれているのかも、と考えたりしましたが
冷静になると、体が密着していることで
そちら側だけは、攻撃をうけない…
張り詰めなくて済んだのだと思います。

実際、少し体が離れるとしがみつきましたが
一定距離以上離れると、猛ダッシュで隠れました。
それが、寂しい、という感情は全くなく
うん、怖いよなぁ、というような…平坦な気持ちでした。

いつの頃からか
「時間はかかっても、うちの子になって、幸せに暮らしてもらう」という考えが
空虚に感じるようになりました。

諦めたり、卑屈になったのではなく
「猫」そのもののジュリーに、私の物差しをあてることは申し訳なく…
もっというと、「猫」のジュリーに失礼ではないのか、と
感じ始めたからです。

亡くなった時、同時に「こわい」という気持ちも消えたのでしょう。
ジュリーは、本当に気持ちよさそうでした。
先生から、酸素量はしっかりあったので
苦しい最期ではなかった、と聞いて
本当に良かったと思いました。

その表情や姿は、ビクッとして逃げ出すこともなく
見たことのない穏やかな様子。
安心して、一日そのままにして
会社に行くこともできました。

最期の数週間…
ジュリーと私は、家族というより
猫対人間、動物対動物…
そんな感じで過ごしていたと思います。

力が入らず、自分で顎を持ち上げて食べられなくなるまでは
どんなに威嚇していても、食事はしっかり摂っていました。
さすがは動物だな、猫だな、頼もしいな、と思って見ていました。
強制給餌になってからも、力強くごくごく飲み干しました。
絶対死なない、と思ったのも、この食欲からでした。

次の猫生が与えられるとして
ジュリーの希望は、きっと、猫として、動物として、自然に生きられる場所。
少なくとも、私の家とは違う場所にあると思いました。

人間の私が決めることは、おかしいと思った。
そういう意味で、家族の欄には入れなかった…というのが
正直なところです。

また、主ブログでは、私のモウソウで
もうたちが色々なことを喋っています。
それを、ジュリーにさせるのも、しっくりこなかった。

たかがブログで、考え過ぎだったかもしれませんが
軽く判断することを許さないほど
ジュリーとの生活は、猫好きを名乗るものとして
色々考えさせられた、重く深い日々でした。
(辛い、という意味ではありません)

結果として、いずれ閉めようと思っていたこのブログを
間違いなく、猫として精一杯生きぬいた
ジュリーの部屋にしよう、という結論になりました。

名前も「ジュリー」に戻しています。
「じゅりお」「とら」と、何度か変えましたが
全て、私の勝手なこだわりでつけた名でした。

こちらに来てくれるまでのジュリーの姿は
私のところにいた姿と、どう違うのかは
比べようがありませんし、わかりません。

でも、「ジュリー」「社長」と、愛情を込めて呼ばれ
みなさまに心を砕いていただいた日々は
間違いなく最期の日々より、苦しくなかったはず。
なのでやっぱり、これからもその時代の
名前で呼ぼう…と思ったからでした。


心優しい方…ジュリーはきっと感謝している、と
声をかけて下さる方もいらっしゃいます。
その方々に、どれほど慰められたことか
感謝の言葉も見つからない位です。

この、ジュリーのブログで書いているのは
ジュリーと対していて感じた
「私」の気持ちの動き「だけ」です。
いえ、幸せじゃなかったんです…などと
否定するわけでは、断じてありません。
それは、理解していただけることを切に願っています。

ジュリーと私の姿に、あたたかいものを感じていただけたとしたら
それは、私が目指していた状態でもありますし
とても嬉しいことです。
本当にありがとうございます。

私が理解した限りの、猫・ジュリーの話になりますが
次の猫生が、彼自身が選んだ
自由で安心して過ごせるものとなるよう願いつつ
共に過ごした日々のことを、ぽつり、ぽつりでも
ここへ書いて、残したいと思っています。

ほぼ、苦しい時期の写真しかないので
なかなか差し込む写真も選べず…
文字ばかりで、内容も楽しいブログにはならないと思いますが
また、読んでやっていただければ嬉しいです。

いつも見守って下さることに、精一杯の感謝を込めて。


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ジュリーの場所 * 7/3 青字部分訂正しました *

2017.06.30 13:09|大切なこと
ジュリーを気遣い、可愛がって下さったみなさまへ。
久しぶりの更新となります。

今日の記事は、不快にさせてしまう内容かもしれません。
どうぞご承知おきくださいませ。


主の、しろひげブログもご覧下さっている方は
あちらに、ジュリーの姿がないことを
お気づきかと思います。

そのことにつきまして
これまで、複数の方に疑問を投げかけられたり
ご心配いただいたりしましたので
少し、書いてみることにしました。



「記録」として、こちらでずっとジュリーの様子を書いていましたが
最後の四ヶ月、彼はとても辛い状態でした。

「辛い」と言っても、私に対しては
防御に伴う以外の攻撃はありませんでしたので
辛いのは、ジュリー本人だけでした。

細かい状態を書くことは、当時もあまり選びませんでしたが
毎日、体はぐにゃぐにゃとし、目の焦点は合わず
口から泡を出したり、引きつったり。
後ろ足が効かないのに前足だけで走りだしたり
転げ落ちたり、唸ったり叫んだり。
最後まで、食欲は旺盛でしたが
基本、大小排泄は失禁でした。


それでも、あらゆる検査をしても異常は見つからず
安定剤のような薬やサプリを使うことしか
「治療」はできていませんでした。

でも、目の前でジュリーが頑張ってくれている間は
私は、気持ちをしっかり持っていました。
きっとまた、穏やかに暮らせる日がくると本気で思い
その日を目指していました。

あれだけ検査や治療を繰り返して、健康体だったのに
クリスマスイブにはいつ旅立ってもおかしくない数値になっていました。
クリスマスに発作を起こし、蘇生措置の甲斐なく、そのまま旅立ちました。

端子に挟まれた舌には、よくちぎれなかったと思うほど
横幅の半分以上の深い切れ込みが入っていました。
それに初めて気づいたことへの驚きと
今までどれだけの苦労をしてきたのだろうと思いました。

そんなふうな、突然の旅立ちを見送ってからは
気が抜け、自分でも正直、ちょっとおかしいな、と思うような
思い詰めた時期がありました。

彼自身は、人間と関わって暮らすには
大変不器用な猫でしたが
安心できるところで自由でいたい
その環境なら、心を開ける可能性がある子だということは
いっしょに過ごすうちに伝わって来ていました。

私はそんな子を、幸せにできなかったどころか
長い苦しみからも救えず、状態も理解できず
原因不明のまま、旅立たせてしまったと感じていました。

また、私のもとへ戻って来てくれるよ、というお言葉に
しばらくは慰められましたが
あたたかい言葉の中に混じった
自分の至らなかったところを突かれた言葉が
胸を行き来するようになりました。

元々、ジュリーのそばには、心から彼のことを思い
色々考えて下さった人たちがいらっしゃいました。
それなのに、横から、しかも、遠い遠い場所から
家族になりますなどと名乗りをあげたのです。
信用されなくても、偽善と思われてもしょうがないでしょう。

そして、病院へ通いつめたり、おかしくなるくらい
恐ろしい状況へおいてしまった以外
私はいったい、何ができたというのだろう…と。
結局、ジュリーの寿命を縮めただけでは、
殺してしまったのも同然なのでは、と
考えるようになりました。


もうやちょめのように、骨を手元に置く略式ではなく
正しく供養していただきました。
お寺へ通ったり、懺悔をさせてもらったりもしましたが
そのうち、猫好きと名乗ることさえも
おこがましい気がするようになっていきました。

そうして色々と思ううちに
苦しみぬいた彼が、こちらで楽しく暮らしたのは
ほんの一瞬だけだったことに思い至りました。
つぶには激しく攻撃を加えましたので
いっしょにいられたのは、本当に一瞬。
ここで、家族として縛り付けておくのは
違うのでは、と考えるようになりました。

とてもよくない例えで、また、適当かもわからないのですが
犯罪の加害者が、被害者に対して感じるような
気持ちであったのではないか…とも思うことがあります。


そういった気持ちは、mowcoma家族
猫達のことでは、いつも一緒に頑張ってくれる
家族たちへ話し、相談していました。

なかなか、どうするのが一番よいのか
答えは出ませんでしたが
ジュリーのことは、闘病ブログとして開いたこちらへ
残していくことにしました。
記事を移した時、写真を移すのを失敗してしまい
最初の方の幾つかの記事を公開できていません。


勝手に呼び名を変えたことも失礼に感じ
耳慣れていたであろう、ジュリーに戻しました。
ランキングで「問題行動」というカテゴリにも登録していましたが
頑張ってくれたジュリーに、その言葉は申し訳なく感じ
そちらも外しました。

そしてしばらくして、少しだけ、歩み出せたように感じ
ジュリーを苦しめてしまった、浅はかな自分の行動を繰り返さないように
つぶをフォローしつつ、新しく来てくれたまめ、こまへも
接していくよう気をつけていました。

幾度となく、その思いについて書きたいと思いましたが
もうへの思いと、今を生きる若猫たちのことを綴った
ふわふわしたトーンの主ブログに綴るのは
そぐわないように感じました。

何度か文章にはしてみましたが
読み返してみても、ただ至らなかった自分の
言い訳をしているだけのように思いました。

そのことについて言い訳はせず
自分で抱えて、歩んでいくのがよいと思っていました。

以上の経緯を経て、この状態となったのでしたが
言葉にしないと、自分以外へ思いは通じないという
当たり前のことをわかっていませんでした。
言葉にしたとしても、受け取る方に
そのままの思いが伝わるとは限らないということも。

結果として、子猫を迎えました、と、能天気なブログを書いていれば
それだけの人間なのだと思われてもしかたがありません。

あれだけみなさんが心を砕かれ、かわいがられたジュリー。
たとえ、思いの紆余曲折への理解は得られなかったとしても
説明をせず、主ブログより「存在を消した」ことは事実でした。
考え抜いたつもりが、このことは大変な片手落ちでした。


全てが遅きに失してしまいましたが
悲しい辛い思いをさせてしまった方へ
心からお詫び致します。
本当に申し訳ありませんでした。

ジュリーが急変した時に開いたこの部屋は
穏やかな暮らしが戻った時、閉じるつもりでいましたが
痛みが強すぎてまだ書けていなかったこと
私の思いや、気持ちの回復など
そのまま、この場所に残していきたいと思います。
もちろん、ものすごくゆっくりなペースになると思いますが
ジュリーを思って下さった方へ
少しでも伝わるように綴りたいと思います。


改めて、ジュリーが心穏やかに暮らせる場所へ
たどり着いてくれていることを祈りつつ。

最後まで読んで下さってありがとうございます。



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ありがとうございました

2017.05.15 00:00|ご挨拶
 

毛皮を選びに

2017.02.09 15:56|大切なこと
東京で過ごした時代から、たくさんのみなさまに
かわいがっていただいたジュリー。
今週末で、四十九日を迎えることになりました。

闘病中の、焦れったい時の流れを思い起こすと
一ヶ月半過ぎた、という事実が
信じられないように思えます。

…それでも、あまりに急過ぎたことで
自分自身の感情さえどう整理すればよいのか
最初は全くわからない状態だったのが
みなさまからの、優しさに溢れたあたたかいお気持ちと
慰めのお言葉、そして励ましをいただいたおかげで
訳のわからないまま見送ってから
不意に沸き起こっていたざわざわした気持ちも
ずいぶん、落ち着いてまいりました( ´ω`)

昔から大切にされてきた「四十九日」という期間は
落ち着きを取り戻すのに必要な時間であり
また、適度な期間なのだと
改めて感じています。




頑張っても頑張っても、どうしてもうまくいかなかった
今回の猫生を終えて
新たな毛皮での猫生は、自分にぴったりの場所を選んで
今度こそ、辛いことのない、楽しいことばかりの日々となるように。

そして、その日々はできるだけ、早く巡って来るように願い
できるだけ「正しく」葬ることに決めました。
じゅりおの骨は手元に置かずに
四十九日で、お寺へ納骨し
永代供養をお願いすることにしました。

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いつか、おだやかな日々を過ごせるようになった時
懐かしく振り返ることができるように…と
願いを込めて始めたブログでしたが
こういう形での区切りを迎えたジュリー。

特殊な状態ではありましたし
不可解な症状でもありましたが
これから、同じように悩まれる方にとって
このブログに記した、ほんの一部分でも
何らかの形で、お役に立つことができれば良いなと願っています。

IMG_20161202_055240.jpg

つらい症状や、治療、闘病の様子など
その他色々、諸般の事情で書けなかったこともたくさんあります。
お役に立てそうなことがございましたら
いつでも、コメント欄からご連絡下さい。

本猫はもちろん、家族の感情としても
苦しく傷つき、消化できないこともあると思います。
無理なものは無理、ということも
理解しなければいけない時もやってきます。
まっすぐ向き合えばなおさらのこと
経験者でしかわからないことはたくさんあります。

どんな思いが生じたとしても
状態だけを見てご自分を責めず
守ろうと頑張っている自分を、ご家族をどうか認めて
大切にしてあげて下さい。




ジュリーに関する出来事、日々の様子、そして思いを
ずっと綴ってきましたが
後少しだけ、記しておきたいことがあります。

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一つは、アニマルコミュニケーションで伺ったお話で
前回書かなかったことです。

ジュリーが感じている「感じ」をご説明下さいましたが
本猫は、もう、頭がぼうっとしていたようです。
今から考えると、すでにかなりしんどい状態だったのかと思います。
そして、私の首に腕を伸ばしていたのは
自分が私を抱っこして、守っているつもり。
自分は「男らしい」から、と話してしていたそうです。

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私にだけ抱っこされるけれど、顔を見ると
一番怒ってしまうのも私、というのも
自分をほったらかして、出かけてばかりいるからだ…と
聞きました。

もちろんジュリーと直接、話をしたわけではありません。
でも、その話を伺ったことで
それからの日々、やってきたことが無駄ではなかったと思え
どれほど救われたか、言葉では言い表わせません。

亡くなる数日前に、こういう機会を与えられて
参加できると決まっていたことは
とても意味のある、ありがたいことでした。

そして、急な数値の悪化で
とてもだるいけれど、おそらく苦しまずに
虹の橋に旅立てたということは
本当に「有り難い」こと…だったのだと思います。

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そして、もう一つ…
こちらでは、ジュリー、社長、じゅりおと記していた
白キジの男の子を
mowcoma家では、実は『寅(とら)』という名前で
呼んでいました。

IMG_20160514_201842.jpg

「寅」で居た期間は、とても短かったです。
ですので「寅」が、自分のことだとは
わかっていなかったでしょう。

正直(最後の方は特に)近づくだけで大騒動だったので
どんな名前にしろ、呼ばれること自体
どう思っていたのか、今となってはわかりませんが…

流れ流れて、たこやき地方まで来てしまった男の子には
自分たちで言うのもなんですが
「寅」というのは、とても合っている名前のような気がしていました。

ジュリー、ジュリー社長、じゅりお、寅。
どれもこの世でのあの子の名前で
厳しい、自分に合わない世の中を頑張って生きた証です。

そして、このブログも
外猫時代から、本能に忠実にたくましく生き抜いた
猫生の証の一つとなれば嬉しいです。




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ジュリーを最後までかわいがって
支えて下さったみなさまへ。

みなさまからのあたたかい思いと、元気玉を受け取った経験は
何度生まれ変わっても、あの子の力になると信じています。

これからもどうぞ、鼻まわりにシミのついた
臆病で神経質、でも、桁違いの生命力を持っていたオス猫を
覚えていてやって下さい。

IMG_9595.jpg

どうか、みなさまに
mowcoma家家族一同より
感謝の思いが届きますように。

お世話になった全ての皆さまに。
本当に、本当に、ありがとうございました。


最後の秘書 兼 お世話係
mowcoma



** ジュリーを応援してくださって 本当にありがとうございました
           お鼻 ぽちっとお願いします **


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試みたこと 感じたこと

2017.02.03 15:26|日々の様子
前回の記事へも、じゅりおへの優しいお言葉と
mowcomaへの暖かい励ましをありがとうございました(*´ω`)

前記事では、うちのこでいてくれた期間を振り返り
病気や様子など「事実」を書きとめましたが
今日は、mowcomaの思いや気持ちを芯にして
色々、やってみたことなどを書いておこうと思います( ´ω`)

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何度も書いたことですが、私が願っていたことは
じゅりおが食べて、出して、寝る、を安心してできること。
後は、与えられた猫生を可能な限り穏やかな時間で埋め
全うするためのお手伝いができれば…ということでした。
それはもちろん、じゅりおだけでなく
もうにも、つぶにも、同じように心がけていることでもありました。

じゅりおにだけ、特に思っていたことを言葉にすると
おそらく外で、お母さんに丈夫に産んでもらって
育ち盛りの頃も、ちゃんと栄養が行き届いていたのでしょう。
手足も骨格も、とてもがっしりとして
頼もしい、健康優良児だったじゅりおは
きっと、つぶよりも長生きすることだろうと思っていました。

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その、猫又も夢でないであろう猫生を
不安でいっぱいの状態のまま過ごさせることは
絶対に避けたいと思っていました。

つぶと元通り仲良くしているところを
写真やブログに収めたい…というわけでもなく
急変までの、甘えたオッチャン猫に戻って欲しいわけでもなく
家庭内野良猫、と呼ばれる状態であっても
mowcoma家族が普通に生活しているそばで
自分の過ごしやすい場所で
ビクビクせずに居られるようになってくれれば
それが、ありがたいゴールだと思っていました。

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mowcomaには、何の能力もありませんが
じゅりおを抱っこしている時は
気持ちが伝わって来る気がしました。
「こわい」という感情と
「自分を、丁寧に扱ってほしい」という
願いのようなものが伝わって来るように感じていました。

IMG_0036.jpg

症状は、不可解な部分が多いものでした。
何か、ヒントや、きっかけがいただけるかも…と
病院での治療の他「アニマルヒーリング」と
「アニマルコミュニケーション」を
していただいたことがありました。

信じる、信じないのあることだと思いますが
信頼出来る方のご紹介があり
迷いの中にいたmowcomaにとっては
本当にありがたいことでした。

細かい内容をお伝えすることは控えますが
伺えた内容は、mowcomaにとっても、じゅりおにとっても
とても救いになり、ためになることだったと思います。

IMG_9565.jpg

じゅりおの頭の中には、やはり
身の危険を感じた恐怖、いわゆる「トラウマ」と
呼ばれるようなものがあったようです( ´ω`)

指摘された状況と似たようなシチュエーションで
症状が強くなってしまうことも感じていました。
mowcomaの、狭い部屋の構造上
そのシチュエーションは避けられないので
曝露療法、というほどのものではありませんが
そういう状態になっても、怖いことは起こらないと
わかってもらえるように
わざわざ気を使うことはせずにいました。

IMG_9566.jpg

そういった、身についてしまった反応以外にも
神経痛のように、他からでは理解できない痛み、違和感もあったようです。
恐怖でパニックになってしまった時に
息が苦しそうだったり、腰が抜けたり
足が効かなくなってしまったこと…
「違和感」という形で伝わってきたことも
教えて下さいました。

IMG_9670.jpg

mowcomaは、ご都合カミサマホトケサマタイプの
バチアタリな人間ですが
じゅりおのことに関しては
不思議なことは、確かにあるのだと思っていました。

ストレスで、人間は色々な不調を引き起こします。
敏感な猫に起こらないとは考えられませんし
証明されていないだけで、気持ちも体も頭も
全てつながっていることを感じている方は
たくさんいらっしゃると思います(´・ω・)




最期に近いころ、じゅりおに会って下さった方に
「もっと大きいと思っていたよ」と言われました。
食事はきちんと計量して(オヤツ込)いるのですが
mowcoma家には、モフモフの実がたくさん落ちているようで(泣)
すぐに5㌔を越えてしまったじゅりお。

でも、クリスマスイブに病院に連れて行った時の
じゅりおの体重は、つぶと同じ4.4㌔になっていました。
前日からほとんど食べられていなかったことを考慮しても
0.5㌔は減っていたのです(´;ω;)

IMG_20161205_000948.jpg
急変直後の姿です。 あえて。

毎日抱っこしていても、いえ、毎日抱っこしていたからこそ
違いに気づけなかったのかもしれません。
減り始めた頃からは、写真を撮る余裕もなかったですが
闘病中は余裕がありませんが、そういうときだからこそ
しっかり意識を向けておくべきだったと思いました。

急変後、病院と家の二重生活をしていて
全ての検査が終わり、ゆっくり家で過ごすようになった時
しばらくは香箱半目で、ケージの中からこちらを見張っていました。
誰もいない時、少し離れたところから見ると
一生懸命、ベッドをフミフミしている姿がありました。
体調も万全でなく、不安でいっぱいのはずなのに
どこにも行かないことがわかって
「家」で、安心してくれている姿でした(*´Д`)

IMG_1886.jpg

その姿を知らなければ、今のmowcomaの気持ちは
もっとざわざわしたものだったと思います。
フミフミは、それから何度か目にしましたし
だっこしているとき、かすかに手が動くこともありました。
横を通ると、手が伸びてくることもありました。
(*´∀`) c||(ΦエΦ*) カマッテモラッテモイイデス 

IMG_2015.jpg

このまま、順調に行く…とは思っていませんでしたが
波を描きながら、少しづつ「自分の家」「自分の場所」を
作っていってくれるかな…という希望は持ち始めていたところでした。
体に問題がないのが確認されたことで
もっと、積極的な「お試し」もできるかな…と考えていました。

IMG_1955.jpg

そんな、明るい思いをかき消すかのように
突然弱り、そのまま旅立ってしまったじゅりお。

色々調べていただきましたが、確実なことはわかりませんでした。
本当は甘えたでしたが、やはりとても臆病なじゅりおが
生きて行くには厳しい世の中で
無理に無理を重ねていたのだと思います。

何が最後の引き金だったかはわかりません。
ちょっとした無理が、全てをくずしてしまったのかもしれません。
その「無理」は、mowcomaがさせてしまったのかもしれません。
突然冷たくなったじゅりおと過ごした一日は
ずっと、謝リ続けるばかりでした。 。゚(゚´Д`) ゴメンネ…




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色々、思いや頭はまとまりませんが
なんとか少しづつでも、断片的にでも
書ける範囲のことは書けたように思います。

まだ日が浅く、これからも自分の中で
気づいたり、納得できることがあるのかもしれません( ´ω`)

明日の土曜日は、じゅりおの六七日(ろくなのか)となります。
長々と綴ってきましたが、来週にもう一度更新し
今の時点での思いを締めくくっておこうと思っています。

よろしければ、お付き合いいただけたら嬉しいです。
どうぞ宜しくお願いします(*´ω`)


** 頑張ったじゅりお お鼻ぽちっとお願いします **

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